芸術と経済のジレンマ

実演芸術は、劇場や音楽堂、能楽堂などジャンルに適した舞台で上演されます。
ライブでは客席数に上限があるため、収入に限りがあり、上演のための経費を賄うことが難しく、人材不足と質の低下が起こりやすい構造になっています。
収入不足を補うために参加価格を上げると、享受機会が偏るため、何らかの財政的支援が必要ということが、海外の研究により明らかになっています(ウィリアム・J・ボウモル&ウィリアム・G・ボウエン著『舞台芸術 ―芸術と経済のジレンマ』1966年)。

諸外国の文化支援と日本の現状

実演芸術団体や劇場等の運営は、諸外国においても、国や民間寄付等の支援を得ながらなされていることがほとんどです。フランス、ドイツは国立劇場が創造の中心となって、人々の享受の場をつくり出しています。イギリスは政府から独立した助成専門機関(アーツカウンシル)が芸術活動を支援しています。韓国は近年、国家戦略としての文化政策が推進されています。日本は、文化政策が充実しているフランスと比べて全体の予算は約6分の1、国民1人あたりの文化歳出予算額は899円と突出して低くなっています。
※アメリカは、民間の非営利芸術団体の活動が中心で連邦助成専門機関(NEA)、州政府(アーツカウンシル)が助成し、民間の寄付金で支えているため、各国比較をみると国の歳出が少ないのが特徴です。
 

日本の文化振興の基盤

日本では、2001年に音楽議員連盟(現:文化芸術振興議員連盟)の議員立法として「文化芸術振興基本法*」が制定され、文化芸術の振興施策が総合的に示される法的基盤が初めて整いました。2017年に「文化芸術基本法*」に改正され、文化芸術そのものの振興に加え、観光・まちづくり・国際交流・福祉・教育・産業等文化芸術に関連する分野の施策についても新たに法律の範囲となりました。
 
*「文化芸術振興基本法」の制定と「文化芸術基本法」の改正にあたっては、芸団協が調査研究の成果から、事務局を務める文化芸術推進フォーラムを通して、文化芸術振興議員連盟への政策提言活動をおこないました。

国の文化予算

2022年度の文化庁予算では、1,075億5,500万円のうち芸術文化等の振興には21.4%(230億4,700万円)があてられ、文化財保護の充実41.4%、国立文化施設関係29.6%、その他7.6%という内訳になっています。また、国際観光旅客税財源を充当する事業として22億500万円が観光庁に別途計上されています。
日本では、実演芸術団体や劇場等(公立・民間)が、単年度の助成金を申請して公演単位で事業費を得る形がとられていますが、そもそも振り分けられる予算がかなり限られており、支援の方法にも課題があります。その抜本的な見直しと文化予算の増額が求められます。また、芸術活動への一層効果的な支援のために、国が必要な政策を展開することおよび助成専門機関の拡充が必要です。
 

地域の取り組み

欧米では、歴史的に劇場と実演芸術団体がともに存在し、各地で独自に公演や地域への普及活動などが展開されています。一方、日本では、実演家のほとんどは仕事が多い大都市圏に居住していますが、一部の地方の文化施設では専属の実演芸術団体(劇団、舞踊団、オーケストラ等)を擁したり、地域の実演家の育成と活用をおこなったりして、実演家が地方都市をベースに活動をしている例があります。そうした地域では、市民の鑑賞・参加の機会が自ずと充実し、まちの誇りにもなっています。
 

鑑賞機会の偏在

通信技術が発達した現在では、テレビやインターネットなどを通して、メディアに適した形で制作されたドラマや音楽などのコンテンツに手軽にふれることができますが、出演者・スタッフ・観客がリアルタイムで集まってつくられるライブは、その時にその場所でしか味わうことができません。
国の社会生活基本調査(2016年)の鑑賞行動者率のデータから、演劇・舞踊・演芸、クラシック音楽、ポピュラー音楽をライブでみる割合は、東京を中心とした首都圏、京都・大阪を中心とした関西圏、福岡などの大都市に偏在していることが明らかです。
 

なお、コロナ禍では、大人数が集まるイベント開催の制限や外出自粛の呼びかけ等があり、2021年の鑑賞行動者率は、2016年調査の半分以下の割合に大きく減少しました。

全国での鑑賞機会の充実のために

全国各地に文化施設が存在しますが、施設規模や用途は様々で、人員体制や事業予算もそれぞれ異なります。また、教育的価値から、学校ではプロの実演家が訪れて実施する鑑賞教室等が行われていますが、公教育の現場では予算がないため、国や地方公共団体の支援が求められ、地域によって実情は様々です。こうした状況を解消するには、地方公共団体の政策と国の支援、双方が必要になります。
地方公共団体の文化政策のための条例の制定状況をみると、都道府県でも8割にとどまり、政令指定都市40%、中核市46.8%、市区町村(政令市・中核市を除く)では6.9%と1割にも達していません。文化政策の計画等を策定している自治体数は、条例制定に比べると多くなっていますが、市区町村では14.9%にとどまります。鑑賞者行動者率の地域分布と照らし合わせても、行政の政策の有無による機会格差が推察されます。
 

実演芸術に携わる人の実態

日本の実演芸術に携わる人の実態をデータでみると、公演、指導、メディア出演等、仕事が多岐にわたること、仕事と別に身体・技術を維持・向上する活動が必要となっていること、忙しい時期と忙しくない時期との差が大きく、スケジュールが空く(収入が途絶える)期間が長いことが特徴として浮かび上がります。
 

個人収入の分布をみると、一般労働者と比べ、実演家の年収が大きく下振れしていることがわかります。実演家の個人収入は文化芸術収入に限っていないため、別な収入源を得てなんとか生計をたてている状況がうかがえます。
安定した仕事ではなく、常に自己研鑽が求められる、とても厳しい世界ということが言えますが、どの地域においても鑑賞や教授業等の需要が増え、十分な報酬が見込めると、携わる人が増える可能性があります。一方、業界に見切りをつけて携わる人が減ったり、目指す人が減ったりすると、供給の限りから享受できる機会が減ることが想定されます。